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2012年12月15日 (土) | Edit |
私は「がんばれば」口話で(声で)会話が出来るように
なります。このために「手話なんかなくても大丈夫だよね」など
誤解を受けやすいところがあります。

私自身にとっては口話と手話はこんなに違います。


口話→で話をしている感覚です。
手話→で話をしている豊かな感覚を得られます。


打ち解けた会話になってくると、

口話もで話をすることが出来ますが、
手話になるとそれ以上にで話をすることが出来ます。


聴覚障害(特に感音性難聴)は、耳が聴こえにくいだけではなく、
聴こえた音もはっきり聴こえない
という特徴を持っています。
ですから、補聴器で音を増幅したとしても、音は入るものの
何を言っているのかはとても分かりにくいものです。

口を見ながら、話の流れを想像しながら…
拾えた言葉を私の「頭」が埋めて行くのです。

頭で「今こう言っていたんだろうな」と想像しながら、
その間に相手は次の言葉を言っていますから、脳は高速処理状態。
言ったことが何を意味するのか、相手の真意などは後から考えて
ようやく理解できたり、理解できないままだったりします。

「頭ではなんとなく分かったんだけど…」ということが多いです。

それに対して、手話は胸や腹から会話が出来るという感覚を覚えます。

「胸がじーんとくる」
「胸に刻む」
「胸に響く」
「胸をなでおろす」

「腹の底から笑う」
「腹を割る」

表現にもあるように、胸や腹で話が出来ることは
人としてとても大切なことです。


また、口話では音を「とらえよう」としたり、唇を「とらえよう」と
したり、頭では意味を「とらえよう」とします。
自然に「受けるように話を聞く」ことは出来ません。

手話では余裕で話が分かるので「受けるように」読み取ることが
出来ます。必要な時だけ「とらえよう」と会話を自在にあやつれます。

日中「とらえよう」とし続けると、どうしても消耗してしまいます。
話をしている最中はあまり気付かないのですが、終わった後に
頭痛や吐き気が起こるともあります。実際に吐いたこともあります。
疲れを何日もひきずり、診断は受けたことがないものの、
うつなんだろうなという症状も多く経験しています。


ただ、口話にもメリットを感じることがあります。
手話が出来ない人も自分から話がしたいと思えるような魅力のある
人はたくさんいます。補聴器や口話のお陰で人生が変わるほどの人に
巡り会えたこともあります。他にも口話が役に立った場面があるのも
事実です。


今では手話をベースに、口話は必要最低限の場面で
する生活をしています。そうすることで何とか毎日の体調を維持できます。



色々な要素が絡み合った深い話で、しかも明確な主張でないため、
大変読みにくかったのではないでしょうか?
つたない文章で申し訳ありませんが、
「頑張ればちょっとは聴こえてしまう」私が感じている世界と
悩みを少しでも知って頂きたくて記しました。

この世の全ての人が手話が出来たら、解決できることと信じて
日々手話のことを伝えていきたいと思っています。実現できるのは
何百年後の遠い夢かもしれませんが。


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